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トレンチコートの成り立ち 将校の戦時の外套から日常着へ

肩の飾りやベルトの金具、大きな襟を備えた長いコートは、トレンチコートと呼ばれます。英国国立陸軍博物館によると、このコートは第一次世界大戦(1914〜18年)の塹壕(トレンチ)で任務についた将校のあいだで広まりました。ここでは、陸軍博物館とヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)が公開している記事、ロンドン芸術大学の研究の紹介文(いずれも2026年10月13日に確認)をもとに、トレンチコートが戦場から街へ広がった流れを整理します。どのブランドが最初に作ったかは資料によって書き方が違うため、ここでは決めつけず、それぞれの資料の言い方のまま紹介します。

戦場の外套としての始まり

陸軍博物館の記事によると、1901年、バーバリーは兵士のための軽いレインコートの設計を頼まれました。できあがったコートは着心地がよく実用的で、将校が階級を示せるように肩章(エポレット)も付いていたとしています。一方、V&A のブログは、第一次世界大戦ではアクアスキュータムとバーバリーの両方が英国陸軍の将校にコートを納めていた、と書いています。同じブログによると、アクアスキュータム(ラテン語で「水の盾」の意味)は、クリミア戦争(1853〜1856年)のときにも英国陸軍に軍用のコートを納めていました。ロンドン芸術大学の研究リポジトリにある論文の紹介文は、新しく将校になった人たちに服をそろえる公の需要があったため、戦時のイギリスで新しい仕立ての仕事が盛んになったと説明しています。その新しい将校たちは、幅広い社会階層から採られていたとしています。同じ紹介文によると、バーバリーの防水のコートは、陸軍省(War Office)の求める条件と昔からの余暇の服の要素を組み合わせていたため、戦争と結びつけて語られる服になったとのことです。

細部に残る軍服の名残

V&A のブログは、トレンチコートの見分けどころとして、大きな雨よけのポケット、チェックの裏地、大きな襟、手首のストラップを挙げています。肩の飾りは手袋や記章を留めるためのもの、ベルトの金属のDリングはもとは剣を下げるためのものだったとして、これらを軍服の名残と説明しています。腕から首まで長い斜めの縫い目でつながる「ラグラン袖」も、クリミア戦争のころに形になった細部の一つとしていますが、名前の由来については、ブログ自身がいくつかの説を並べています。生地については、トーマス・バーバリーが考え出して1879年に特許を取ったギャバジンが、トレンチコートに使われる生地としてよく知られているとしています。ブログの説明では、ギャバジンは織る前の綿の糸にゴムで防水の処理をした生地で、湿ると縮んで目が詰まり、ある程度水を防ぐという織り方の考え方を受け継いでいます。またブログは、トレンチとつながりの深い服として、御者が着ていた実用的な外套のグレートコートを挙げ、ゆったりした形や、水を落とすためのフラップやケープの付き方が似ていると説明しています。

将校の服から街の服へ

英国国立陸軍博物館の記事によると、兵卒はトレンチコートを着ることを許されていなかったので、このコートは身分を示すものにもなりました。洗練された形と実用性から、戦争が終わる前から欲しがられ、愛国心や着こなしの良さを示したい民間の男女も買い求めたとしています。戦後も、将校の多くが戦時のコートをふだんの生活で着続けたことで、人気は続いたそうです。V&A のブログも、塹壕から戻って任を解かれた兵士たちが町に持ち込んだことで、第一次世界大戦のあとに広く流行したと書いています。丈夫で暖かく水を通しにくいことが、ふだんの服として受け継がれた理由だとし、元将校の中には休戦のあと何十年も同じコートを着た人がいたと伝えられていることにも触れています。ロンドン芸術大学の研究の紹介文も、軍用の特徴を持ちながらトレンチコートは軍の中だけにとどまらず、戦中から戦後にかけて人気の服になったとしています。

第二次世界大戦のあと

英国国立陸軍博物館は、第二次世界大戦(1939〜45年)でもこのコートが戦場で使われたとしています。一方、V&A のブログは、第二次世界大戦では兵士が動きやすい丈の短い戦闘用の上着が好まれ、軍の中でトレンチコートは使われにくくなったと書いています。軍という買い手がいなくなったことで、作り手は映画のような雰囲気を生かした売り方に力を入れるようになり、1960年代の後半と1970年代には流行から外れたものの、服の形が大きめになった1980年代に再び見直されたとのことです。その間も、トレンチコートの基本の形は大きくは変わっていないとしています。陸軍博物館の記事は、軍服の丈夫さと実用性が、一般の人にとっての魅力になってきたことにも触れています。

まとめ

紹介した資料によると、トレンチコートは第一次世界大戦の将校の外套として広まり、丈夫で水に強い実用の服として戦後の街に受け継がれました。肩の飾りやベルトのDリング、大きな襟などの細部には、軍服だったころの名残があると説明されています。どのブランドが最初かについては資料によって書き方が違うので、年や作り手の名前を確かめるときは、それぞれの資料を見比べてください。

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参考にした資料

各ページの内容は、2026年10月13日に確かめたものです。